冬の仕事。

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    Gogh 「Winter」

    ———— 冬は寒すぎることがあり、寒さがひどくて、夏が来るかどうか想像ができない、でも、僕たちの気持ちに関わらず、結局、厳しい冬は終わり、ある晴れた日に、風が変わり、雪解けがある。天気と心の変化を比較するとき、物事が良くなることを望んでいる。—————

     

                  ヴィンセント・ファン・ゴッホが弟のテオドルスに宛てた手紙から

     

     

    先週は暖かな日差しと陽気の日もあれば、車のフロントガラスが凍り付き、雪が降る中の作業もありました。

    京都の顧客様への出荷分も含めまして、出来うる限り、お客様の要望に応えられるよう作業を進めてまいりました。

     

    冬至も過ぎ、地獄の釜の蓋が開く日の藪入りや、大寒も過ぎ、少しずつ日は延びてきましたが、こちらは、これからもっと寒くなる日もあれば、大雪の降る日があるかもしれないので油断はできません。

     

     余談ですが、私は、まず雪の降らない地域で過ごしてきたので、この地域に降る軽かったり重かったりする雪が、とても好きです。

     

     昔、雪の降った日の伐採作業時、木に積雪があり、70歳を過ぎた師匠に『ナリユキに気をつけろ』(いつだって職人は要所を端的にしか言わない)と言われ、すぐさま私の頭のなかでは、いま言われた言葉の推測変換作業がおこなわれ、「成り行き(物事が移り変わっていく様子や過程-大辞林より-)に気をつけろ」=「成り行きの人生に身を委ねるな」と解釈しました。

     

     とはいえ「おはようございます」の挨拶の後に、いきなり人生訓なの?、でもまぁ、それもありかもしれないけれど、と思って見た師匠の顔は、私ではなく山の方だったので、『すみません。ナリユキって何ですか』と尋ねたら、木の枝に積もった雪のことを「なり雪」という事を知りました

    (つまり「なり雪」だと立っている木の重心が読めなくなる)。

     

     この原体験から得られ学んだことの印象は、たぶん公共における放送禁止用語と同じぐらいに身につき、生きている限り絶対に忘れることのない言葉の内のひとつになりました。

     

     

    ———— いつかこんな話を聞いたことがあった。変わりゆくアラスカをめぐり、アラスカ原住民とアメリカ政府との間で開かれたある話し合いの席上でのこと。一人のエスキモーの老人がこんなことを言ったという。

    「わしらは自分たちの暮らしのことを、自分たちの言葉で語りたい。英語では、どうしても気持ちをうまく伝えられん。英語の雪はsnowでも、わしらにはたくさんの雪がある。同じ雪でも、さまざまな雪の言葉を使いたいのだ」

     この話が妙に記憶に残っている。暮らしの中から生まれでた、言葉のもつ多様性。アラスカの冬を、雪の世界を、彼らの言葉を通して旅してみたい。ひとつひとつの雪の言葉に隠された、生命の綾をたどってみたい。

     

    アニュイ(ANNUI、降りしきる雪)……冬が来た。これから長く暗い季節が始まるというのに、いつも感じるこの初雪のうれしさは何だろう。つい昨日までシラカバやアスペンの落ち葉を踏みしめていたのに、それがもう遠い昔のような気がする。しんしんと降る雪の中、あたりの気配が静まるのは、雪のもつ吸音性だけではないようだ——

                            星野道夫・著『イニュニック[生命]』

     

     

     


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