さ く ら

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    仲田種苗園の仮設トイレの脇にある

    昨年の11月にも咲いた不思議なサクラも開花

     

     

    ————

     

    桜に特別な感情を抱いていたぼくは、桜そのものを見きれずにいた。

     

    それにまつわる逸話を思い出し、

    大日本帝国を標榜して暴走する時の権力を想像し、

    忌わしい気分になるのだった。

     

    直接経験もしないのに、回りの大人達の悲哀を共有する内に、

    戦争を検証する視点が芽生えていたのだろう。

    戦の根を探す癖がついていた。

     

    桜は軍国主義の表象として写っていた。

     

    御国の為に死ぬことを殊更に美化し、

    総玉砕を桜の散り際に喩えて称賛するのが怖かった。

    一斉に咲き散る姿に国家や軍隊と結びつく文脈を思ったのである。

     

    桜語り達の通念や思想に惑わされることなく、

    そのまま桜の美しさに心を委ねることが出来たように思えたのは、

    大人と称されて久しい歳だった。

     

    自らもまたその通念の中にあって、

    それを重ねるのに何処かで一役を担っていることを識った時であった。

     

    桜は実にその装置を仕掛けもするが、読み解く役目もして見せるのである。

     

    平和の象徴として鳩を使うが、鳩は残虐性も備えているし、

    鷲はその対極で戦の象徴にされるが、子を育む愛情は他の鳥に劣らない。

     

    当然過ぎる事であるが、表象にされるこれらの命には

    何の罪もない。我々人間側の理由による築かれた観念である。

     

    一斉に咲き散るソメイヨシノの美も認めながら、カンヒザクラのあの執拗にしがみつき、

    そのままサクランボウに成ってしまう姿にも美をみるべきである。

     

    何より、「日本」の単一性、均質性の通念に桜が利用されてはならない。

    とか思いながらも、何かの拍子で立て続けに桜が描き出たが、ぼくのは優雅さに欠けるように思う。

     

    ついつい、花のむこうにある樹の気分に気持ちが寄ってしまうのであった。

     

    名嘉睦稔・著『風のゆくえ』

     

    ————

     

    『あらはれ』

    名嘉睦稔


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