動いている圃場

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     仲田種苗園に就業し、おかげさまで一年になりました。

     

     

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    その中で私達は林業にどのような意義を見い出し、

    どのように生きて行くべきか、生きていけるか、

    平成の若者が否応なしに答えを出してくれるに違いない。

    私は命のある限り、山に木を植えて行く決心である。

    かの内村鑑三は「植林は王者の仕事」と言ったという。

    この言葉を心の片隅に置きながら、生ある限り木を植える事が、

    昭和の世代に無事に生き抜く幸運を持った者の心意気である。

     

    速水勉・著『美しい森をつくる 速水林業の技術・経営・思想』

     

     

     

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     遙か昔、新聞配達や、警備員や、引っ越し業や、左官や、大工とか、土方とか、宅配便とか、コンビニとかの仕事で得た資金で、車のマニュアル免許を取得し車を購入した頃、ハローワークで「これだ」と思って林業に就業できて、初めて伐採を教わった時、恩師に「お前よりも長く生きている命を伐って殺すのだから真剣になりなさい」と言われた山仕事を20年ぐらい続けてきましたが、今こうして、ご縁があり仲田種苗園で働くことができ、就業初日に農場長に『何で林業から、この職業に来たの?』と聞かれ、即席で浮かび上がった答えは、

     

     

    「今まで(この先の事実は言わなかったけれど、植えた木(ほとんどがスギ)以上に、木を伐ること(ほとんどがスギとヒノキ、時々マツと雑木類(きっとアオダモもバンバン伐り殺し、根っこから、ほじくり返していたはず)が収入になる事に気付いて、いつしか植林も面倒になり、何だか初心を忘れたかのように、怪我なく事故なく、伐れば伐るほど信じられないぐらいの(でも、すぐに消えてなくなった)お金が舞い込んできて、それなりに楽しい思いもいっぱいしたんですけれど、やっぱり無闇矢鱈と)木を伐りすぎたので、その罪滅ぼしです♡」

     

    と、間に合わせ的な受け答え感満載、そして、すぐに見透かされるような善人ぶり全開にした答えをしたのにも関わらず、「生きているものを生かし続ける仕事だからね」と、怪しむことなく真面目に答えられた言葉の意味が、今、なんとなく分かってきた感じです。

     

     

    「ブナの森」

    G・クリムト

     

     

    鮫川農場大改造計画

     

     

     7月から、意気揚々と『鮫川農場大改造計画』と勝手に銘打って、社長の指示の下と、僕の好みで鮫川農場の造成をしておりました。

     

    施工前の写真です。管理が行き届いていなくとも美しいと感じました。

     

     

    ————  荒れ地という語はほとんどの場合、耕されなくなった土地や、耕されなくなるだろう土地に適用される。この言葉は、野生の丘陵地であれ、高山の切り立った草原であれ、エリンギウムでいっぱいの砂丘の後背地であれ、「自然」と名のつく他のどんな環境を指すためにも使われることはない。そうではなくて、荒れ地はそこから自然も農業も締め出してしまって、ここでもっと良いものをつくれると仄めかしているのだ。

    ひょっとして、そこに庭をつくることができるのではないだろうか?

     

     

    ・・・・・緩やかだけれど力強い起伏、ブナと針葉樹からなるバランスのとれた植被——それらのなかにはパン焼きのマツも姿を見せている——、そして牧草地や、ところどころにある耕作地。無骨でしっかりとした小さな教会の周囲にしかるべく寄り集まった村落。防衛のために要塞化した家々は狭い通路に「したがって」配され、灰白色と青色の空は、生き生きとしたほの明るい光を投げかけて遠景に果てしない奥行きを与えている。———— 

     

    ジル・クレマン 著『動いている庭』

     

     

     

     

     先代たちが築き上げた鮫川農場。

     

     

     

     仲田種苗園に入社して間もなく、鮫川農場に来た時に、直感的に、ここは手入れをすれば絶対に良くなると思いました。ただし僕の中では、植木業の目線ではなく、森林セラピー的な目線で、そう感じました。

     

     

     

     7月から始まった大改造計画は、とりあえず終わり。

     

     来年に、また作業を継続し、鮫川農場の全部というか細部を、自信をもって、お客様に、お見せできるような場所になるには、その次の年以降になるでしょう。

     

     

     ペシャワール会の中村哲さんも、おっしゃっていたように「水路が通って水が来て、まずやって来るのが牛と子ども、そしてトンボ(トンボはなぜか水の匂いが分かる)」がやってきた、というように、ここの土地の手入れをしたら、たくさんの生き物が訪れてきました。

     

     

     

     

     そもそも、今回の手入れ前は、敷地がどこまでなのかも分からないぐらいになっていて、何気なく触れた木に、とてつもなく巨大なナメクジが、へばりついていたりで絶叫しまくりだったけれど、この度、風通しが良くなり見かけなくなりました。

     

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    「言え、どうしたらスズメを追い払えるかを」と園丁が言った。

     

    「それに、毛虫や、さらにカブト虫の輩や、

    モグラや、ノミトビヨロイ虫や、

    黄バチや、ウジ虫や、

    これら悪魔の子を?」

     

    「そのままにしておけ。そうすれば、たがいに食いつくし合う。」

     

    J.W.v.ゲーテ 『パキスの予言』

     

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     荒れ地には、ときおり明るい場所が見つかる。それはよく手入れされた庭の芝地の明るい場所に相当する。それにもかかわらず、これらの空間はいかなる機械によっても管理されてはいない。これらの空間は、そこで樹木が生長できないから生まれたのだろうか? あるいはまた、それは一時的な虚にすぎず、極相に向かう遷移がまもなく満たしていくのだろうか?

    ジル・クレマン 著『動いている庭』

     

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    植物を透過するやわらかな光

     

     

     

    隈研吾建築都市設計事務所・著『Studies in Organic Kengo Kuma & Associates』

     

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