ドゥルシネーア

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    仲田種苗園のアオダモ畑

     

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     ・・・・・・自分の愛情と献身と関心は、もっぱら自然の無言な生命にささげれば、それで正しいと思っていた。実際、はじめのうちは自然が私をまったく満たしてくれた。

     

     夜、寝ようとすると、丘とか、森のふちとか、もう久しく訪れない自分の好きな一本立ちの木とかが、ふと胸に浮かんでくるのだった。いまごろあの木は夜風に吹かれ、夢み、たぶんまどろみ、うめき、枝を動かしているだろう。どんな様子をしているかしら? そこで私は家を出て、その木を訪れ、暗やみにおぼろな姿が立っているのを見つけ、驚嘆の愛情をこめてながめ、そのほのかな姿を心にいだいて帰るのだった。

     

    まもなく納品する8m株のアオダモ

     

     

     きみたちはそれを笑うだろう。たぶんこの愛は尋常ではなかっただろうが、浪費されたものではなかった。だが、ここから人間愛へ通じる道を、私はどのようにして見いだしたら、よかっただろう?

     

     ・・・・・・私の愛人が私に、いつか詩人として森や川のことばを語ることができるようにしてくれたとしても、そのときだれのために語ったらいいのだろう? 単に私の愛する自然界のもののためだけでなく、なによりも人間のためでありたかった。私は人間のために導き手となり、愛の師になろうと欲したのだった。

    ヘルマン・ヘッセ『郷愁 / ペーター・カーメンチント』

     

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    小鳥に説教するアッシジのフランチェスコ

     


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